北海道大学 遺伝子病制御研究所

研究成果

特定の癌細胞でRNA顆粒が融合して核内構造体を形成するメカニズムを発見

Mannen T, Yamashita S, Tomita K, Goshima N, Hirose T
The Sam68 nuclear body is composed of two RNase-sensitive substructures joined by the adaptor HNRNPL
The Journal of Cell Biology, 214(1), 45-59, 2016
RNA生体機能分野

研究成果のポイント

  1. 特定の癌細胞株で見られる核内構造体SNB (注1) は,RNA骨格の2つのサブ構造体が融合して作られる。
  2. 各サブ構造体は,癌細胞種,温度条件に応じて柔軟に消失・分離・融合する。
  3. サブ構造体同士は,HNRNPLタンパク質と各サブ構造体のRNA骨格との結合によってつなぎとめられている。
  4. 腫瘍形成の新規の機構解明や治療・診断技術基盤の開発につながる。

研究成果の概要

21世紀に入り,ヒトゲノムから機能未知のノンコーディングRNA(ncRNA)(注2) が大量に産生されていることが発見され,注目を集めています。私たちは,これまでにncRNAが骨格として細胞内の顆粒状構造体の形作りに働いていることを発見し,それらのncRNAを「アーキテクチュラルRNA(arcRNA)」と名付けました。今回,arcRNAを骨格に形成される新しい核内構造体を,RNA分解酵素(RNase)の処理によって崩壊する核内構造体をスクリーニングすることによって探索し,特定の癌細胞で形成されるSam68核内構造体(SNB)(注3)を見いだしました。SNBの構成タンパク質の解析から,SNBは2つのRNA骨格のサブ構造体(RNA顆粒)(注4)が,温度条件や癌細胞種に応じて融合して作られていること,さらにサブ構造体同士をHNRNPLタンパク質がアダプターとして,各サブ構造体中のarcRNAと結合することによってつなぎとめていることが分かりました。こうしたRNA-タンパク質相互作用による核内構造体の動的形態変化によって,癌細胞特有の核内遺伝子発現が後天的に制御されていると考えられ,新たな視点での癌病態解明につながることが期待できます。

内容

(背景)
21世紀のポストゲノム時代に入り,ヒトゲノムの大部分の領域から機能未知なRNAが大量に合成されていることが分かりました。これらのRNAは,タンパク質の情報をコードすることなく,「ノンコーディングRNA(ncRNA)」としてRNA自身が固有の機能を果たすと考えられていますが,大部分の機能は未解明のままです。これまでに研究グループでは,ncRNA群の中から細胞核に存在する顆粒状構造体の骨格となるRNAを「アーキテクチュラルRNA(arcRNA)」として同定しました。そして,類似の機能を果たすarcRNAが,他にもゲノム中に数多く潜んでおり,一つの共通するRNAカテゴリーとして確立できるのではないかという期待が高まってきました。

(研究手法)
arcRNAによって形成される核内構造体を探索するために,10,432種類の蛍光タンパク質を融合したヒト発現型cDNAクローン(注5)から産生される各タンパク質の細胞内局在情報から,細胞核内の顆粒状構造体に局在する463クローンを選別しました。次に,それらの核内構造体の中からRNase処理によってRNA骨格が分解されて崩壊するものをスクリーニングし,arcRNAを骨格とする構造体候補を選別し,その中にSNBを見いだしました。次にSNBに局在するタンパク質5種について,RNA干渉による機能阻害とレスキュー実験によって,SNB形成にどのような役割を果たしているかを解析しました。さらに,構成タンパク質の機能ドメインに変異を導入し,SNBへの局在やタンパク質間相互作用,RNAとの相互作用への影響を解析しました。また,培養温度条件の変動や異なる癌細胞株での比較によって,核内構造体の形成が様々な環境変化でどのように変化するかを観察しました。

(研究成果)
特定の癌細胞で形成されるSNBが,arcRNAを骨格として構築されることが明らかになりました。またRNase感受性スクリーニングにより,arcRNAと共にSNBを構成する新規タンパク質として癌に関係するスプライシング制御(注6)因子やエピジェネティック制御(注7)因子を同定しました。これらのタンパク質の機能解析の結果,SNBの形成には構成タンパク質のRNA結合ドメイン(注8)とプリオン様ドメイン(注9)の両方が必要なことが分かり,arcRNAによって集められたRNA結合タンパク質の凝集が,SNB形成を誘発していることが示唆されました。さらにSNBは,RNA骨格の2つのサブ構造体(Sam68サブ構造体とDBC1サブ構造体)が融合したものであり,2つのサブ構造体は,アダプターであるHNRNPLタンパク質と各サブ構造体のarcRNAとの相互作用を介してつなぎとめられていることが分かりました。様々な癌細胞株で観察したところ,DBC1サブ構造体だけが独自の構造体(DBC1 bodyと命名)として存在している細胞株や,低温への温度シフトによってSam68サブ構造体が消失し,DBC1サブ構造体のみが残されることなどが明らかになり,arcRNAを介した複数の核内構造体が,環境条件に応じてRNA-タンパク質間相互作用を介して,柔軟に融合・分離して核内構造を変化させていることが明らかになりました。

(今後への期待)
2つのサブ構造体のarcRNAの実体を明らかにすることによって,特定の癌細胞において核内構造体が形成されるメカニズムとそれを誘導するシグナル経路が明らかになります。それによって,RNAによる構造体形成を介して制御される核内現象の理解が進み,腫瘍形成の新しい制御経路が明らかになる可能性が期待されます。

用語解説

1) 核内構造体:細胞核内に存在する粒子状の構造体。主に遺伝子発現制御や制御装置の合成や貯蔵の場として働く。
2) ノンコーディングRNA(ncRNA):タンパク質情報を持たず,RNA自身で機能を果たすRNAの総称。
3) Sam68核内構造体(SNB):核小体近傍に形成される機能未知の核内構造体。RNA結合タンパク質Sam68が局在することから名付けられた。
4) RNA顆粒:RNAを含む顆粒状の構造体。
5) 発現型cDNAクローン:発現プラスミドに挿入されたcDNAクローン。
6) スプライシング制御:転写された前駆体mRNAからイントロン領域を取り除き,成熟mRNAを合成するスプラシング反応の質的かつ量的な調節。
7) エピジェネティック制御: DNAの配列変化によらず,主にDNAまたはヒストンの後天的な修飾によってなされる遺伝子の発現調節。
8) RNA結合ドメイン:RNAとの結合に必要なタンパク質領域。
9) プリオン様ドメイン:タンパク質の凝集やタンパク質間の相互作用に関与するタンパク質領域。

【参考図】

特定の癌細胞株におけるSNBの形成と動的変化の模式図

SNB(Sam68核内構造体)は,arcRNA骨格の2つのRNA顆粒(サブ構造体)から形成される。2つのRNA顆粒は,HNRNPLがアダプターとしてつなぎとめている。温度シフトや癌細胞種の違いによって,Sam68サブ構造体は消失し,DBC1サブ構造体は独立の核内構造体(DBC1 body)として存在する。