北海道大学 遺伝子病制御研究所

研究成果

「抽出しにくいRNA」から核内顆粒形成に関わる癌関連ノンコーディングRNAを発見

Chujo T, Yamazaki T, Kawaguchi T, Kurosaka S, Takumi T, Nakagawa S, Hirose T.
Unusual semi-extractability as a hallmark of nuclear body-associated architectural noncoding RNAs
EMBO J. Published online 12.04.2017
RNA生体機能教室

研究成果のポイント

  1. 核内顆粒の骨格として働くNEAT1 ncRNAが,細胞から著しく抽出しにくいことを発見。
  2. 細胞から「抽出しにくいRNA」を効率よく抽出する新手法を開発。
  3. 「抽出しにくいRNA」の性質を決める主な原因を発見。
  4. 「抽出しにくさ」を指標にした次世代シーケンス解析で核内顆粒を作るRNAを新たに多数発見。
  5. 新手法により,癌,感染症,神経疾患などに関わる核内顆粒RNAの発見に期待。

研究成果の概要

21世紀に入り,ヒトゲノムから機能未知のノンコーディングRNA(ncRNA)※1が大量に作られていることが明らかになりました。これまでに廣瀬教授らの研究チームは,ncRNAが細胞核の顆粒構造の骨格として働くことを見出し,このような働きを持つ一群のRNAを「アーキテクチュラルRNA(arcRNA)」と命名しました。今回,これまでに知られていた複数のarcRNAが,細胞からのRNA抽出の常法では極めて抽出しにくい性質をもつことを発見しました。そこで,これらの「抽出しにくいRNA」を効率良く抽出する手法を開発し,この抽出しにくさの原因を解明しました。さらに,新たな「抽出しにくいRNA」を次世代シーケンス解析※2によって多数同定し,そのうち少なくとも8種類が核内で未知の顆粒を作っていることを発見しました。またそのうち3種類は,癌関連ncRNAとして報告されたものでした。つまり,新手法によるarcRNAの探索は,新しい疾患に関わる核内顆粒※3の発見に有効な方法であると言えます。

内容

(背景)
21世紀のポストゲノム時代※4に入り,ヒトゲノムの4分の3の領域から,機能未知なRNAが大量に作られていることが明らかになりました。これらRNAの大部分は,タンパク質の情報をコードせず,「ノンコーディングRNA(ncRNA)」としてRNA自身が固有の機能を持つと考えられていますが,大部分の機能は未解明のままです。廣瀬教授らの研究チームは,これまでに細胞核の顆粒状構造の骨格として働くncRNAを発見し,類似機能を持つncRNAを総称して「アーキテクチュラルRNA(arcRNA)」と命名し,ncRNAの新たなサブカテゴリーとして提唱しました。これまで同定されているarcRNAの他にも,機能未知な多数のncRNAの中には,未だarcRNAとして認識されていないncRNAが隠れていると考えられます。しかしこれまでは,新しいarcRNAを積極的に探し出す技術がなかったため,arcRNAの探索は不可能でした。
(研究手法)
特定の核内顆粒の骨格として機能するNEAT1 arcRNAが,従来のRNA抽出法では例外的に抽出しにくいことを見出し,NEAT1を細胞から効率的に抽出する新手法を開発しました。この手法では,RNA抽出用の細胞溶解液を注射針に100回通す操作を行います。この新手法によって,他の既知arcRNAの抽出量も増大したことから,この抽出しにくい性質がarcRNAに共通したものである可能性が浮上しました。そこで次世代シーケンス解析によって,細胞からの抽出量が従来法に比べて新手法では著しく増加するRNA種を探索しました。
(研究成果)
探索の結果,40種以上の抽出しにくいRNAを同定しました。その中で量が多い8種のRNAの細胞内での局在部位を観察したところ,全てが未知の核内顆粒に存在していました。またそのうち3種類は,作用機構は未知ながら,癌関連ncRNAとして報告されたものでした。次に,arcRNAの代表例としてNEAT1が細胞から抽出しにくい原因を調べたところ,NEAT1に結合するFUSという疾患関連タンパク質のプリオン様ドメイン※5が重要な役割を果たしていることがわかりました。プリオン様ドメインは,タンパク質どうしの結合を促進し凝集させ,様々な顆粒を作る駆動力となることが知られています。こうした凝集しやすいタンパク質の結合によってarcRNAが通常の条件では抽出しにくい特殊な性質が生み出されていると考えられます。以上のことから,「抽出しにくさ」という実験的な指標によって,arcRNAを選択的に同定できることが裏付けられました。
(今後への期待)
核内顆粒を作る新しいRNAの中に癌に関係するものが複数見出されたことから,arcRNAによる核内顆粒形成が癌の特定の局面で果たしている重要な役割の発見につながることが期待されます。さらに,新手法によるarcRNA探索を様々な疾患細胞やストレス条件下で行うことによって,疾患発症に関わる重要なarcRNAと核内顆粒の発見,その作用メカニズムの解明につながることが期待できます。


用語解説

1.ノンコーディングRNA(ncRNA):タンパク質の情報をコードしないRNAの総称。ヒトゲノムの7割以上の領域から作られていることが最近明らかになったが,ncRNAの多くはその機能が未解明である。
2.次世代シーケンス解析:DNAの配列情報を大量に解読する新技術。抽出したRNAを試験管内で同じ配列のDNAに変換し,次世代シーケンス解析を行うことで,大量のRNA配列の解読も可能である。
3.核内顆粒:細胞核内に存在する直径0.2~1マイクロメートルの球状の構造体。主にタンパク質とRNA(場合によっては染色体DNA)で作られており,遺伝子発現の様々な段階を制御する。RNAを骨格とする核内顆粒の多くは,ストレスや病原体の感染などの刺激に応答して作られ,その応答経路で働くと考えられている。
4.ポストゲノム時代:ヒトゲノム解読後(2003年に大部分の解読が完了)の時代。ゲノム配列の情報を基に,RNAとして転写されている領域を包括的に調べたポストゲノム解析によって,哺乳類細胞内には大量のncRNAが存在することが明らかになった。
5.プリオン様ドメイン:酵母のプリオンタンパク質に類似したタンパク質の部分構造。プリオン様ドメインは,タンパク質どうしの結合を促進し凝集させる働きを持つ。近年,RNAに結合する様々なタンパク質がプリオン様ドメインを持つことが明らかになった。また,神経変性疾患の原因タンパク質としても知られており,それらの生体内機能の解明に注目が集まっている。

 

【参考図】

細胞を従来のRNA抽出液で溶解し遠心分離すると,水層,有機層,中間層(タンパク層)に分かれる。これまでは,細胞のRNAは全て水層中に抽出されると考えられていたが,本研究では,限られた種類のRNAが抽出されずタンパク層にトラップされていることを発見した。さらに,細胞溶解液を注射針に通すことによって回収されるRNAには,核内顆粒を作るarcRNA候補が多く含まれていることを発見した。
右側の写真の青色の楕円領域:細胞核,緑色の顆粒:抽出されにくいRNAの作る核内顆粒。