北海道大学 遺伝子病制御研究所

研究成果

世界初、ストレスによる突然死の分子メカニズムの解明

Arima Y, Ohki T, Nishikawa N, Higuchi K, Ota M, Tanaka Y, Nio-Kobayashi J, Elfeky M, Sakai R, Mori Y, Kawamoto T, Stofkova A, Sakashita Y, Morimoto Y, Kuwatani M, Iwanaga T, Yoshioka Y, Sakamoto N, Yoshimura A, Takiguchi M, Sakoda S, Prinz M, Kamimura D, Murakami M.
Brain micro-inflammation at specific vessels dysregulates organ-homeostasis via the activation of a new neural circuit.
eLife. 2017 Aug 15;6. pii: e25517. doi: 10.7554/eLife.25517.
分子神経免疫学分野)

研究成果のポイント

  1. マウスに慢性的なストレスをかけた後,脳内に病原性の免疫細胞を移入すると,脳の血管に微小な炎症が誘導され,消化器や心臓の機能障害による突然死が起こることを発見。
  2. 脳内にこの炎症を引き起こす病原性「CD4+T細胞」の有無を調べることで,ストレス性疾患や突然死を予測できる可能性を指摘。
  3. 発症原因が不明で治療法のない進行型多発性硬化症の発症メカニズム,今後の治療法の解明を示唆。
  4. 認知症の患者でも脳内に微小な炎症が起きることが知られており,同様のメカニズムにより,認知症患者では脳を含む臓器機能の不調が誘導されている可能性も示唆。

研究成果の概要

慢性的なストレスは胃腸疾患,心疾患などの様々な病気を悪化させることが経験的に知られていますが,その分子メカニズムはほとんど明らかとなっていません。村上教授らの研究グループはこれまでに自己免疫疾患*1のマウスを用いて,地球の重力がふくらはぎの筋肉を刺激することで神経が活性化し,第5(L5)の血管から血液脳関門*2を超えて免疫細胞が集まり病気が発症する現象「ゲートウェイ反射*3」を報告しています。
今回の研究では,ストレスで神経が活性化されることで,脳内の特定の血管に免疫細胞が侵入し微小炎症が引き起こされる,新しい「ゲートウェイ反射」を発見しました。この血管部の微小炎症は,通常は存在しない神経回路を形成して活性化し,消化管,心臓の機能不全を引き起こして突然死を誘導しました。これは,ストレスが臓器の機能不全を引き起こす理由を示す世界で初めての発見であり,同じ程度のストレスでも病気になる人,ならない人の違いが脳内微小炎症の有無によって決まる可能性を示唆しています。つまり,脳内の微小炎症を引き起こす病原性CD4+T細胞の数を調べることにより,ストレス性疾患へのかかりやすさを予測できる可能性があります。また,多発性硬化症*4では,病気が悪化すると治療法がまだない進行型になりますが,本結果は,その発症原因,今後の治療法の解明に大きな示唆を与える可能性があります。さらに,認知症患者など他疾患で認められる脳内微小炎症の働きが,新規の神経回路の活性化を介して脳を含む臓器機能の不調を誘導する可能性も示しています。

内容

(背景)村上教授らの研究グループはこれまでの研究で,多発性硬化症のモデル(実験的自己免疫疾患性脳脊髄炎,EAE)*5マウスでは,重力や痛みの刺激によって「ゲートウェイ反射」が起こり,特定の神経回路の活性化を通じて免疫細胞の侵入口が中枢神経系のそれぞれ別の場所の血管に形成されることで,中枢神経系の炎症状態が変化することを証明しています。今回の研究では,過労による突然死や「病は気から」の原因として認識されるなど社会的に広く問題となっている慢性的なストレスが,特定の神経回路の活性化を介してEAEの症状を悪化させるのではないかと考え,その影響や分子機構について詳しく調べました。
(研究手法)EAEを発症したマウスを特殊なケージで飼育することで,慢性ストレスの一つ「睡眠障害」を誘導しました。また別の慢性的なストレスとして,床敷を湿らせたケージでも飼育しました。 一般に,EAEの原因となる免疫細胞「CD4+T細胞」は中枢神経に発現する分子と反応し,病原性CD4+T細胞と呼ばれます。正常なマウスの静脈内に,EAEを発症したマウスから採取した病原性CD4+T細胞を移入すると(「移入EAE」と呼びます),そのマウスにもEAEの症状が現れることが知られています。今回,慢性的なストレスを与えたマウスに移入EAEを誘導したり,ストレスに関連する脳領域を電気的,薬理学的に遮断したり,脳内局所的にサイトカインと呼ばれる生理活性タンパク質を投与したりすることで,慢性的なストレスとEAEの病態の関連性を調べました。さらに,胃・十二指腸,心臓などにも機能的な障害が生じたので,各臓器の薬理学的,免疫学的解析も実施し,末梢臓器の機能障害についても検討しました。
(研究成果)慢性的なストレスを誘導したマウスに移入EAEを行うと,通常のEAE症状である尾部,後肢の麻痺は起こらず,突然死しました。EAE単独もしくは慢性的なストレス単独では,死亡するマウスは現れませんでした。この突然死の原因を解析すると,ヒトでも慢性ストレスによって影響を受けやすい臓器として知られる胃・十二指腸の炎症による出血が引き金となり,心臓の機能が低下したことによるものであるとわかりました。また,EAE病原性CD4+T細胞が中枢神経系のどこから侵入したか解析したところ,通常のEAEではL5背側血管であった侵入口が,脳内の第3脳室,海馬,視床に囲まれた特定血管に移動していることを発見しました。この部分に免疫細胞が集積するためには,ストレスに反応する視床下部室傍核での交感神経の活性化が重要であり,脳のこの部位を電気的に破壊することで,特定の血管への免疫細胞の集積と突然死が抑制されました。
次に,脳内の微小な炎症がマウスの突然死に重要かについて検討を行いました。慢性的なストレスを誘導したマウスの特定血管部位にサイトカインなどを直接投与し,微小炎症を誘導したところ,マウスは同様に胃・十二指腸潰瘍,心機能低下を引き起こし,突然死しました。特定血管周囲で生じた微小炎症により,炎症誘導因子として知られるアデノシン三リン酸(ATP)が分泌され,分泌されたATPがさらに神経伝達物質として働くことで新規の神経回路が活性化し,胃・十二指腸炎症,心機能低下が生じていることがわかりました。これらは脳内の特定血管に生じた微小炎症が,新規の神経回路を活性化させることで,通常のストレス反応を大きく増強すること,さらに胃・十二指腸・心臓の機能低下を誘導することを示しており,「病は気から」の分子機構の一例を表していると考えられます。また,多発性硬化症では,病気の悪化とともに,発症原因や治療法が未だ不明の進行型になることが大きな問題となっていますが、本研究で用いた疾患モデルは,進行型多発性硬化症のモデルとなるとともに,今後,その発症原因,治療法の解明に大きな示唆を与える可能性があります。さらに,アルツハイマー病やパーキンソン病などにおいても脳の中に微小炎症が誘導されるので,多発性硬化症以外の多くの脳疾患でも,別の部位の脳内の微小炎症が脳自体を含む体内の臓器の機能を不調にする可能性が示唆されました。
(今後への期待)今まで慢性的なストレスがどのように多くの臓器の機能を低下させているのかは不明でしたが,今回の研究により,脳内に生じた微小炎症が新たな神経回路を活性化することで臓器の機能を低下させていることが,世界で初めて明らかとなりました。これにより,胃や十二指腸などストレス性疾患の標的臓器への対処的治療だけではなく,脳の微小炎症を抑制することが,ストレス性疾患のより根本的な治療となることが考えられます。また,中枢神経系の自己抗原を認識する病原性CD4+T細胞による脳内微小炎症が慢性的なストレス存在下で突然死を引き起こしたことから,同じ程度のストレスでも病気になる人,ならない人の違いが,病原性CD4+T細胞や脳内微小炎症の有無によって決まる可能性を示唆しています。これらの結果から,脳内局所炎症を引き起こす病原性CD4+T細胞の有無を血液検査などで調べることにより,ストレス性疾患や突然死へのなりやすさを予測できる可能性が示されました。また,多発性硬化症では,病気の悪化とともに治療法がまだない進行型になることが大きな問題となっていますが,本結果は,その発症原因,今後の治療法の解明に大きな示唆を与える可能性があります。さらに,アルツハイマー病などの認知症患者で見られる脳内微小炎症は,病態にどのような影響があるか不明でしたが,今回の発見から,これらの微小炎症が,新規の神経回路の活性化を介して脳を含む臓器機能の不調を誘導する可能性が示されました。

用語解説

*1 自己免疫疾患:異物を排除するための免疫系が,自分自身の正常な細胞や組織にまで過剰に反応し攻撃してしまうことによる疾患のこと。
*2 血液脳関門:中枢神経系(脳や脊髄)の血管がもつ,血液中の免疫細胞や分子量の大きなタンパク質などを通過させない特殊な構造のこと。
*3 ゲートウェイ反射:特定の神経回路の活性化によって神経伝達物質が特定の血管部位に現れることで,通常は免疫細胞が侵入できない中枢神経系(脳,脊髄)の血管に,それらの免疫細胞の侵入口が形成されてしまう現象のこと。これは,2012年に村上教授らの研究グループが世界で初めて発見した現象であり(Cell 2012),その後,筋肉への微弱な電気刺激によるゲートウェイ反射(Cell 2012),痛み刺激によるゲートウェイ反射も発見している(eLife 2015)。今回の慢性的なストレスによるものが世界で4例目のゲートウェイ反射となるが,慢性的なストレスが脳の特定血管の周りに微小炎症を作り,それを起点に新たな神経回路の活性化が生じることは,神経系と臓器機能の連関,その破綻による疾患の発症を考える上で,非常に大きなブレークスルーとなった。
*4 多発性硬化症:中枢神経系の自己免疫疾患の一つで,視覚障害,運動障害や排尿障害が現れる。日本では10万人あたり10人程度の患者数と推定されている。8割以上の患者は再発と寛解(症状がある程度治まること)を繰り返し,痛みを伴う。また,痛みやストレスにより病態が悪化することも知られている。一方,初めから寛解を伴わない一次進行型,病態の進行とともに再発と寛解を繰り返す型から寛解を伴わない型に変化する二次進行型の「進行型多発性硬化症」は,未だはっきりとした発症メカニズムもわからず,治療法もないことから,発症メカニズムの解明が大きな問題となっている。CD4+T細胞,特に自己反応性T細胞のうち自己反応性ヘルパーT細胞が病気の発症に関連することが2011年に遺伝学的に証明された。
*5 実験的自己免疫疾患性脳脊髄炎(EAE):多発性硬化症の動物モデル。マウスを中枢神経系の構成成分であるミエリンオリゴデンドロサイト糖タンパク質などで免疫することで多発性硬化症に似た症状を誘導することができる。

 

【参考図】

慢性ストレス負荷により室傍核(黄色の部分)での交感神経が活性化(①)し,第3脳室,視床,海馬の境界部にある特定血管(上図の赤丸)においてケモカインというタンパク質が産生され,血液内に存在する中枢神経系抗原を認識する病原性CD4+T細胞が血液脳関門を超えてこの血管周囲に集まり,それを起点に,他の免疫細胞も集まって炎症が誘導される。この特定血管で生じた微小炎症が契機となり,新たな神経回路(②から⑤)が活性化し,胃・十二指腸を含む上部消化管での炎症が誘導されることで,心臓の機能不全により突然死が起こる。今回の研究による新たなブレークスルーは,「脳の特定血管での微小炎症が,新たな神経回路の活性化を誘導することで末梢臓器の機能障害が誘導されること」が明らかとなった点である。本研究では,ストレスによる臓器機能障害の例を具体的に示した。