北海道大学 遺伝子病制御研究所

研究成果

ノンコーディングRNAの新暗号を解読 ~ゲノム機能に必要な新しい配列ルールの理解に貢献~

Yamazaki T, Souquere S, Chujo T, Kobelke S, Chong YS, Fox AH, Bond CS, Nakagawa S, Pierron G, Hirose T.
Functional Domains of NEAT1 Architectural lncRNA Induce Paraspeckle Assembly through Phase Separation.
Mol Cell. 2018 Jun 21;70(6):1038-1053.e7. doi: 10.1016/j.molcel.2018.05.019.
RNA生体機能分野)

研究成果のポイント

  1. ・がん関連ノンコーディングRNA*1であるNEAT1が核内構造体*2パラスペックルを作り上げるために必要なRNA領域の同定に成功。
  2. ・NEAT1の複数のRNA領域がそれぞれ固有の機能を発揮することで構造体が作られることを解明。
  3. ・ncRNAの生体機能と疾患での役割の理解に大きく寄与することが期待される。

研究成果の概要

北海道大学遺伝子病制御研究所の廣瀬哲郎教授,山崎智弘助教らの国際共同研究グループは,ノンコーディングRNA(ncRNA)の一つであるNEAT1に潜むRNA暗号の解明に成功しました。21世紀に入りヒトゲノムから機能未知のncRNAが大量に産生されていることが明らかとなり,大きな注目を集めています。これまで同研究グループは,核内構造体の骨格として働くncRNAを「アーキテクチュラルRNA(arcRNA)」と命名し,特に核内構造体の一つであるパラスペックルのarcRNAであるNEAT1について集中的に研究してきました。しかし,arcRNA機能に必要なRNA配列は謎に包まれたままでした。このようなncRNA機能を支えているRNA配列のルール(RNA暗号)の理解はほとんど進んでおらず,このことがncRNA機能の体系的な理解が進まない要因でした。そこで同研究グループは,CRISPR/Cas9によるゲノム編集技術*3を用いて,NEAT1のRNA領域を様々に欠失させた多数の細胞株を樹立し,その役割を解析しました。その結果,NEAT1は複数の機能を司るRNA領域が並列したモジュール構造からなることを発見しました。特に,NEAT1の中央の領域には,ポリマーを形成する性質を持つNONOタンパク質が結合し,それによって巨大なパラスペックルという相分離*4した構造体が作られることを明らかにしました。今後,このようなRNA暗号をさらに詳しく解読することで,ncRNAの体系的な機能理解や応用技術の開発につながることが期待されます。なお,本研究成果は,米国東部時間2018年6月21日(木)公開のMolecular Cell誌(featured article)に掲載されました。

内容

(背景)21世紀に入り,ヒトゲノムの75%もの領域からノンコーディングRNA(ncRNA)と呼ばれる,タンパク質のコード情報をもたない機能未知のRNAが合成されていることがわかり,その機能が注目を集めています。しかし依然としてその役割がわからないものがほとんどで,その機能やメカニズムの解明が大きな課題となっていました。特にncRNAが働きを規定している配列ルールについてほとんど理解されていないことが,ncRNA研究が体系的に進まない要因となっていました。廣瀬教授らの研究グループは,このようなncRNAの一種であるNEAT1が,核内構造体パラスペックルの構造骨格として働くことを明らかにしていました。またこれまでの研究から,NEAT1はがんやウイルス感染など種々の疾患において重要な役割を果たすことが明らかになっていました。しかし,このように重要な機能を持つNEAT1のどのRNA領域が,パラスペックル構造の骨格として機能するために重要であるかは全く手付かずの状況でした。
(研究手法)CRISPR/Cas9 によるゲノム編集技術とヒト一倍体細胞株を組み合わせることで,効率的に遺伝子の一部を欠失させる手法を確立し,NEAT1の機能的に重要なRNA領域の同定を進めました。この手法により樹立した細胞株を,1分子イメージング,超解像度顕微鏡や電子顕微鏡などにより解析し,さらにin vitro(試験管内)での生化学的解析を組み合わせることで,NEAT1のRNA領域の働きを明らかにすることを試みました。
(研究成果)23,000塩基にもなる非常に長いNEAT1の中から,これまで全く明らかとなっていなかったNEAT1の機能を果たす上で重要な複数のRNA領域を明らかにしました。NEAT1 ncRNAの安定性や発現変換,さらにNEAT1の中央領域にはパラスペックルが巨大な構造体になる上で重要な領域が並列して存在することが明らかとなりました。さらに詳細にこの中央領域を解析したところ,NONOと呼ばれるポリマー形成能を有するRNA結合性タンパク質がこの領域に結合し,構造体のコアを作ることが,構造体全体の形成のきっかけになることを明らかにしました。またその結果,液体相分離と呼ばれる現象により,核内で独立したパラスペックルが形成されることを明らかにしました。
(今後への期待)本研究成果は,ncRNAの暗号ルールの理解に基づくncRNA機能の体系的な理解に繋がり,その進展に大きく寄与することが期待されます。ncRNAの持つ配列ルールを明らかにすることで,機能応用を目指した人工的な機能性ncRNAの設計に繋がる可能性もあります。またNEAT1は,がんなどの疾患において重要な役割を持つことが明らかになっていることから,本研究はその分子メカニズムの解明や新規創薬標的の開拓にも大きく寄与するものと期待されます。なお本件は、北海道大学 遺伝子病制御研究所共同利用・共同研究拠点「細菌やウイルスの持続性感染により発生する感染癌の先端的研究拠点」の成果として発表されました。

用語解説

*1 ノンコーディングRNA(ncRNA) … DNAから写し取られた遺伝情報に従いタンパク質を合成するmRNAと異なり,タンパク質の情報を持たず,RNA分子自体が機能を持つRNAの総称。
*2 核内構造体 … 真核生物の細胞核に形成される顆粒状の構造のこと。分子の集合・化学反応の促進・タンパク質の隔離などの機能を持つ。
*3 ゲノム編集技術 … ゲノムを人為的に改変する技術。本研究では,CRISPR/Cas9システムと呼ばれる方法を利用した。
*4 相分離 … 特定の分子が集まり,液体・気体・固体・ゲルなどといった状態で濃度の異なる分離した層を作る現象。細胞内ではこのような現象が広範に起こっており,生命活動に必須の役割を持つことがわかりつつある。

 

【参考図】

NEAT1 lncRNAの機能を担うRNAドメインを同定するために、ヒト一倍体細胞とゲノム編集技術を組み合わせて、多数のNEAT1部分欠失変異細胞株を作成し、各細胞におけるパラスペックルの表現型変化を1分子イメージング、超解像顕微鏡、電子顕微鏡によって解析した(左図)。 その結果、NEAT1 lncRNAの3種類の機能ドメイン(赤、緑、青で表示)を同定し、そのうち中央ドメイン(青)が、NONOなどのRNA結合タンパク質と効率よく結合して、それを起点としたポリマー化、相分離を誘発して、最終的にパラスペックル構造形成に至ることが明らかになった。この成果は、これまで研究が進んでいないlncRNAの暗号解読の先駆けであり、将来的なlncRNA機能の体系的な理解のための重要な知見である(右図)。