北海道大学 遺伝子病制御研究所

研究成果

薬剤耐性神経膠芽腫幹細胞に有効な化合物の同定
~神経膠芽腫の根治薬の創出に期待~

研究成果のポイント

・神経膠芽腫を特異的に殺傷する化合物の同定を目的としたスクリーニングを実施。  
・スクリーニングにより化合物10580を同定するとともに,その標的因子及び分子機構を解明。
・化合物10580が,神経膠芽腫などの難治性腫瘍に対する新たな治療薬になることを期待。

研究成果の概要

北海道大学遺伝子病制御研究所の近藤 亨教授らのグループは,薬剤耐性神経膠芽腫幹細胞に有効な化合物の同定に成功しました。 神経膠芽腫*1に対する新規治療法開発の取り組みが行われているにも関わらず,罹患患者の予後は未だ芳しくない状況が続いています。この原因の1つは,高い浸潤能力,腫瘍形成能,抗がん剤・放射線療法に抵抗性を示す“がん幹細胞*2”の存在であると考えられています。近藤教授らのグループは,神経膠芽腫に対する標準治療薬テモゾロミド(TMZ)*3に抵抗性を有するヒト神経膠芽腫幹細胞を樹立し,富士フイルム株式会社が所有する化合物ライブラリーを用いた細胞傷害スクリーニングを行い,TMZ抵抗性神経膠芽腫幹細胞を特異的に傷害する化合物10580を同定しました。次いで,産業技術総合研究所との共同研究により,10580の標的因子がジヒドロオロト酸デヒドロゲナーゼ(DHODH)*4であることを発見しました。また,10580の薬効メカニズムを解析する過程で,10580がTMZ抵抗性神経膠芽腫幹細胞の幹細胞性を剥奪することも発見し,その分子機構の一端を明らかにしました。更に,TMZ抵抗性神経膠芽腫幹細胞を移植した担がんマウスに10580を経口投与したところ,強い抗腫瘍効果を有することを確認しました。これらの優れた抗腫瘍効果に加えて,様々な正常細胞に低毒性で,マウス個体に懸念される副作用を示さないことから,10580が神経膠芽腫に対する新たな治療薬となりうることを見出しました。 本研究は,北海道大学遺伝子病制御研究所幹細胞生物学分野,同大学院医学研究院脳神経外科教室,富士フイルム株式会社,産業技術総合研究所との共同研究の成果です。 なお,本研究成果は,2019年9月10日(火)公開のNeuro-Oncology誌のオンライン版に先行公開されました。
【背景】
神経膠芽腫幹細胞は,抗がん剤及び放射線療法に抵抗性を有する細胞であり,再発の原因細胞と考えられています。本研究では,富士フイルム株式会社所有の化合物ライブラリーを使用したスクリーニングを行い,神経膠芽腫を特異的に殺傷する化合物の同定を目標として遂行しました。
【研究手法】
神経膠芽腫に対する標準治療薬TMZに抵抗性を示す神経膠芽腫幹細胞を用いて,細胞増殖抑制/細胞死誘導を基盤とした富士フイルム株式会社所有の化合物ライブラリーのスクリーニングを行いました。候補化合物の標的因子探索はリガンドフィッシング法を用い,候補化合物の薬効は,細胞傷害活性,各種細胞マーカー因子発現,腫瘍抑制活性を指標に検討しました。
【研究成果】
化合物ライブラリースクリーニングにより,TMZ耐性神経膠芽腫幹細胞に細胞増殖抑制,細胞死,幹細胞性欠失を誘導する化合物10580を同定しました。リガンドフィッシング法により,10580の標的因子がDHODHであることを決定しました。更に,TMZ耐性神経膠芽腫幹細胞を移植した担がんマウスを用いて,10580が強い抗腫瘍効果を発揮することを確認しました。10580は,様々な正常細胞に低毒性であり,投与したマウス個体に懸念される副作用を示しませんでした。
【今後への期待】
10580とその合成展開化合物が神経膠芽腫などの難治性腫瘍に対する新たな治療薬になることが期待されます。
【論文情報】
【論文名】 Discovery of a new pyrimidine synthesis inhibitor eradicating glioblastoma-initiating cells(神経膠芽腫幹細胞を根絶する新しいピリミジン合成阻害剤の発見)
【著者名】 越前谷すみれ1,2,#,石井由紀子3#,北澤 諭3,田中 正3,松田 俊4,渡辺絵里子3,梅川正夫3,寺坂俊介2,宝金清博2,八田知久5,夏目 徹5,前田芳政3,渡邊信一3,萩原真二3,近藤 亨1
【所属】1北海道大学遺伝子病制御研究所幹細胞生物学分野,2北海道大学大学院医学研究院脳神経外科教室,3富士フイルム株式会社R&D統括本部 医薬品・ヘルスケア研究所(現バイオサイエンス&エンジニアリング研究所),4富士フイルム株式会社 CSR 推進部(現ESG推進部)環境・品質マネジメント部 安全性評価センター,5国立研究開発法人 産業技術総合研究所 創薬分子プロファイリング研究センター (#これらの著者は,この研究に等しく貢献しました。)
【雑誌名】 Neuro-Oncology(脳腫瘍学の専門誌)
【DOI】 10.1093/neuonc/noz170
【公表日】 2019年9月10日(火)(オンライン公開)


10580は,DHODH活性を抑制することで,新規ピリミジン合成経路による核酸合成を阻害し,細胞増殖を抑制する。同時に,ヘキサミン生合成経路の最終産物UDP-GlcNAc量が減少し,Sox2のO-GlcNAc化の消失を介して,その核外移行を促進する。これら2つの経路の阻害により,10580は効果的に神経膠芽腫幹細胞の細胞増殖抑制,細胞死,幹細胞性欠失を誘導する。


【用語解説】
*1 神経膠芽腫 … 最も悪性度の高い神経膠腫(グリオーマ)。テモゾロミド等の抗がん剤や放射線療法に強い治療抵抗性を有し,高頻度で再発する。新たな治療法の開発が求められている。
*2 がん幹細胞 … 腫瘍の増殖,浸潤,多様性,幹細胞性,腫瘍形成能,治療抵抗性を有するがん細 胞。再発の原因細胞と考えられている。
*3 テモゾロミド(TMZ) … 神経膠芽腫に対する標準治療薬。DNA傷害を誘導するアルキル化剤。
*4 ジヒドロオロト酸デヒドロゲナーゼ (DHODH) … ピリミジンの新規合成経路の化学反応を触媒する酸化還元酵素。ミトコンドリアの内膜に存在する。 (化合物10580)