・Tリンパ球の生存に異常をもつ変異マウス(T-Redマウス)を同定した。
・その原因としてKDEL受容体1(Kdelr1)遺伝子の機能欠損型点変異を同定した。
・その原因の機構としてKdelr1が脱リン酸化酵素PP1を介してTリンパ球のストレスを解消することを見出した。
・今後,Tリンパ球の機能を人為的に制御する方法の開発に繋がることが期待される。
Kamimura, D.*#, K. Katsunuma*, Y. Arima, T. Atsumi, J-J Jiang, H. Bando, J. Meng, L. Sabharwal, A. Stofkova, N. Nishikawa, H. Suzuki, H. Ogura, N. Ueda, M. Tsuruoka, M. Harada, J. Kobayashi, T. Hasegawa, H. Yoshida, H. Koseki, I. Miura, S. Wakana, K. Nishida, H. Kitamura, T. Fukada, T. Hirano, and M. Murakami#. (*Equal contribution, #Equal correspondence), KDEL receptor 1 regulates T-cell homeostasis via PP1 that is a key phosphatase for ISR. Nat. Commun. 6, Article number: 7474, doi:10.1038/ncomms8474, 2015 (Nat Commun.)
(背景)
正常な免疫系には,感染症やがんを防ぐ働きがある一方で,免疫系が過剰に働くと,アレルギーや自己免疫疾患発症の原因にもなります。免疫系の細胞の中で中心的な役割を担うTリンパ球は,体内で一定の数を保ち,血中を循環してさまざまな異物(抗原)に対する免疫監視の中心を担います。まだ抗原に出会っていないTリンパ球は「ナイーブTリンパ球」,その後に抗原に遭遇し活性化したTリンパ球は「活性化Tリンパ球」と呼ばれて,その後,一部生き残ったものは「記憶Tリンパ球」と呼ばれます。記憶Tリンパ球は迅速に免疫応答を誘導することができます。ワクチン接種によって感染症を防ぐことができるのは,この記憶Tリンパ球のおかげです。そのため,生体内でこれらTリンパ球の生存がどのように維持されているかを解明することは,免疫系を正常に保ち,病気を防ぐことに繋がります。
(研究手法)
私たちは,Tリンパ球の生体内での恒常性について新たな知見を得るために,変異誘導化合物ENUを用いてマウスの遺伝子に変異を導入し,その後に生まれてきたさまざまなマウスをスクリーニングしました。その結果,ナイーブTリンパ球の存在数が激減した変異マウス(T-Redマウス)を同定しました。このT-Redマウスの責任遺伝子を同定し,またこのマウスを詳細に解析することによって,ナイーブTリンパ球の生体内での新たな生存調節機構がわかりました。
(研究成果)
T-Redマウスでは,ナイーブTリンパ球が野生型マウスと比較して有意に減少していました。また,これに関連して,T-Redマウスでは関節リウマチモデル,多発性硬化症モデル,感染,移植等のさまざまなTリンパ球依存性の免疫応答が障害されていました。遺伝学的な連鎖解析によって,T-Redマウスの責任遺伝子が,小胞体/ゴルジ体間で物質輸送に関与することで知られるKdelr1遺伝子の機能欠損型点変異であることがわかりました。T-RedマウスのナイーブTリンパ球が減少する原因として,変異ナイーブTリンパ球では統合ストレスが解消されないことで細胞死が誘導されることがわかりました。変異ナイーブTリンパ球では,変異Kderl1が脱リン酸化酵素PP1と結合ができなくなり,PP1の活性が低下し,統合ストレスを解除する因子,eIF2aのリン酸化を解消できず,不必要に持続します。その結果,変異ナイーブTリンパ球ではストレス過剰状態となり細胞死が誘導されることが明らかになりました。このKdelr1の機能は,今まで知られていなかったものです。この研究は,ナイーブTリンパ球のストレスの解消には,Kdelr1-PP1経路が重要であることを示しています。また,この研究からナイーブTリンパ球は,生体内においていつもストレスを受けて生存していることが明らかになりました。
私たちの今回の知見は,Tリンパ球の機能を人為的に正常に保つ方法の開発に繋がる可能性が考えられます。