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研究成果

痛みが神経の病気を悪化させることを実証

研究成果のポイント

・これまで痛みは,単に病気の副産物と考えられていて,病気の症状や進行との直接的な関連性は知られていませんでした。今回我々は,痛みそのものが神経の病気の再発のきっかけとなることを実証しました。
・多発性硬化症は,日本では特定疾患に指定されている難病です。この疾患のモデルマウスに実験的に痛みを与えると,治まっていた病態が再発することを発見しました。逆に,痛みを抑制すると病態の再発が抑制されました。
・ヒトにおいても,痛み自体の抑制,あるいは痛み由来の神経ネットワークを抑制することで,多発性硬化症を含む多くの中枢神経系の病気の再発を防ぐ新たな手段となる可能性を示しました。

 

この研究は、新聞などにも紹介されました。(日経バイオテク) (北海道医療新聞) (医療NEWS) (Santen Medical Channel) (Univジャーナル)

 

Arima, Y*., D. Kamimura* (*Equal contribution), T. Atsumi, M. Harada, T. Kawamoto, N. Nishikawa, A. Stofkova1, T. Ohki, K. Higuchi, Y. Morimoto, P. Wieghofer, Y. Okada, Y. Mori, S. Sakoda, S. Saika, Y. Yoshioka, I. Komuro, T. Yamashita, T. Hirano, M. Prinz, M. Murakami. A pain-mediated neural signal induces relapse in multiple sclerosis models. eLife 4: e08733 (2015). (eLife)

 

研究の概要

痛みは多くの病気に共通する症状であり,慢性的な痛みは生活の質を大きく損ないます。しかし,これまで痛みは単に病気の副産物と考えられていて,痛みが直接,病気を悪化することは知られていませんでした。
今回,「痛み」を介する神経ネットワークが,病気の症状にどのような影響を与えるのかを多発性硬化症(1)の動物モデル(EAE)(2)マウスを使って調べました。その結果,実験的に痛みを与えるとEAEの症状が悪化し,逆に鎮痛剤を与えるとその症状が改善しました。このことは,痛みが直接的に病気の進行に関与していることを示しています。次に,一過性に病気を発症するようなマウスを利用して,症状が落ち着いたとき(寛解期)に痛みを誘導しました。すると,EAEの症状が再発しましたが,他のストレスではEAEは再発しませんでした。
私たちは2012年に,地球の重力がふくらはぎの筋肉を刺激することによって生じる神経ネットワークが,結果的に腰髄の血管に免疫細胞を集めることでEAEを発症させる新しい免疫現象「ゲートウェイ反射(3)」を報告していますが,今回の痛みによる再発は,それと同じ経路により起こることも分かりました。つまり,私たちが発見したゲートウェイ反射の2つ目の例ということになります。

ヒトの多発性硬化症は再発と寛解を繰り返し,痛みを伴うことが知られていますが,今回の発見は,痛み自体が多発性硬化症の再発のきっかけとなることを示唆しています。すなわち,痛みを起点とする神経ネットワークの抑制が,多発性硬化症を含む多くの病気の再発を防ぐ新たな手段になる可能性が示されました。

研究の背景と内容

(背景)
以前,私たちは,地球の重力がふくらはぎに存在する抗重力筋であるヒラメ筋を刺激することによって生じる神経ネットワークが,交感神経の活性化を誘導し,血管の状態を変化させ,多発性硬化症の動物モデル(EAE)の病気を発症させる起点となるという現象「ゲートウェイ反射」を報告しました。これは,感覚神経-交感神経の活性化を介して神経ネットワークが生じ,標的臓器の炎症状態を変化させることを証明するものでした。今回,我々は,多くの病気に付随する「痛み」で始まる神経ネットワークを介して,病気の症状にどのような影響が生じるのかを調べました。


(研究手法)
EAEマウスから病気の原因として知られる細胞を単離し,正常なマウスの静脈内に移入すると,移入したマウスにも一過性のEAEの症状が現れることが知られています。このマウスの感覚神経を刺激して慢性的に疼痛を誘導したり,神経経路を遮断して痛みを緩和することで,痛みとEAEの症状の関連性を調べました。我々の以前の研究から,交感神経と炎症回路(5)の活性化がEAE症状に関与することが証明されていたので,これらの役割についても薬理学的及び免疫学的手法を用いて検討しました。


(研究成果)
EAEの発症誘導時にマウスに実験的に痛みを与えるとEAEの症状が悪化かつ長期化し,逆に鎮痛剤を与えるとその症状が改善することが分かりました。このことは,痛みが単に病気の副産物ではなく,実際に病気の症状の進行を加速していることを示します。一過性にEAEが発症するマウスを用いた実験では,対照群では全く再発が認められない一方で,痛みを誘導した群ではEAEの症状が再発することがわかりました。ヒトの多発性硬化症の多くの患者は,再発と寛解を繰り返し,痛みを伴うことが知られていますが,今回の発見は,痛み自体が多発性硬化症の再発のきっかけとなることを示唆しています。テストした他の種類のストレスではEAEの再発に至らなかったことから,痛みが一般的なストレスではなく,特別な神経ネットワークを生じることが考えられました。
EAEの初発部位は第5腰髄(5番目にある腰骨。L5)で,初発の際の重力を介した神経ネットワークでは,L5の背側にある血管に炎症を引き起こしますが,再発時の痛みを介した神経ネットワークでは,L5の腹側血管の状態を変えることがわかりました。一般的に痛みは感覚神経の活性化を通じて,脳の前帯状回(ACC)という領域で神経を乗り換えて,大脳で知覚されることが分かっています。今回の一連の痛み誘導実験の結果から,ACC部位の神経が活性化すると,脊髄の腹側の血管を支配する交感神経が活性化されました。さらに,炎症回路の活性化に不可欠な免疫細胞やIL-17やIL-6のシグナルをマウスから除去すると,痛みによってL5の腹側にある血管への免疫細胞の集積は起きるにも関わらず,EAEの再発は抑制され,炎症回路の関与も証明されました。これらの一連の実験から,痛みによるEAEの再発には,①痛みによる感覚神経の活性化,②交感神経の活性化,③L5の腹側にある血管への免疫細胞の浸潤,④③による炎症回路の活性化という4つのステップがあることが分かりました。

今後への期待

今まで病気の副産物としてしか認識されていなかった痛みが,病気の進行や再発に大きな影響を与えることが今回明らかになったので,鎮痛剤等を用いた痛みの抑制や今後神経シグナルの抑制物質が病気の再発を防ぐ新たな手段になることが考えられます。また,多発性硬化症以外の病気と神経ネットワークの関係についても今後研究を進めて行きたいと考えています。

用語の解説

(1) 多発性硬化症
中枢神経系の自己免疫疾患のひとつ。病変の場所により,視覚障害,運動障害や排尿障害が現れる。日本では10万人あたり8~9人程度の患者数であることが推定されている。7~8割の患者は再発と寛解を繰り返し,痛みを伴う。自己反応性T細胞などが病気の発症に関連することが2011年に遺伝学的に証明されている。
(2) 実験的自己免疫性脳脊髄炎(EAE)
多発性硬化症の動物モデル。
(3) ゲートウェイ反射
神経ネットワークにより,免疫細胞が局所に集積することで炎症の引き金となる現象で,2012年に私たちが世界ではじめて発見した。「重力刺激−ヒラメ筋—感覚神経—交感神経−第5腰髄背側血管—炎症回路活性化—第5腰髄の炎症」がオリジナルの現象である(ArimaらCell, 2012)。
(4) 炎症回路
免疫細胞以外の細胞が誘導する炎症のメカニズム。炎症回路が慢性的に活性化すればいろいろな病気に関連する慢性炎症へと発展する。私たちはすでに1000遺伝子以上の炎症回路の正の制御遺伝子を同定し,それらには非常に高い割合にてメタボ,神経変性疾患を含む炎症性疾患の関連遺伝子が存在することを見いだしている(MurakamiらCell Reports, 2013)。

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