北海道大学遺伝子病制御研究所

研究成果

試験管内でオートファジーの初期過程を再現することに成功 ~オートファジー促進剤の開発に期待~(生命分子機構分野)

生命分子機構分野の藤岡優子准教授及び野田展生教授、東京科学大学総合研究院細胞制御工学研究センターの中戸川仁教授らの研究グループは、オートファジーの中核であるオートファゴソーム*1新生の初期過程を試験管内で再構成することに成功し、液−液相分離によりオートファジーが始まるメカニズムの詳細を明らかにすることに成功しました。


オートファジーとは、有害凝集体や損傷ミトコンドリアなどの分解を行う現象であり、細胞の恒常性を維持する役割を持ちます。オートファジーは栄養飢餓などで活性化されますが(=オートファジー誘導)、この異常に伴って神経変性疾患やがんが引き起こされます。

オートファジーが誘導されると、Atgたんぱく質*2が液−液相分離*3によりPAS*4という液滴*5を作ります。このPAS液滴が作られることで、オートファゴソームの新生が進むと考えられていますが、その機能は未解明でした。

本研究では主要Atgたんぱく質を高純度精製してPAS液滴を試験管で再構成し、各因子の液滴濃縮度を定量比較した結果、Atg8*6の脂質化を担うE3酵素であるAtg12–Atg5–Atg16複合体*7が最も濃縮されることが分かりました。そしてPAS液滴においてAtg8の脂質化が高効率で進行すること、それにともない膜小胞がPAS液滴内部へ取り込まれることが分かりました。

以上の結果から、PAS液滴がAtg8の脂質化を行う場所として働き、オートファゴソームの最初の膜の種であるAtg9小胞*8を集めることで、オートファゴソーム新生を開始するという一連のメカニズムが明らかになりました。本研究の成果は、オートファゴソーム新生の全過程のメカニズム解明と、高い特異性を持ったオートファジー促進剤・阻害剤創出の基盤になることが期待されます。

なお、本研究成果は、2025年9月16日(火)公開のNature Structural & Molecular Biology誌に掲載されました。

【論文名】
Phase separation promotes Atg8 lipidation and vesicle condensation for autophagy progression(相分離は、オートファジーの進行に向けてAtg8の脂質化と小胞の凝縮を促進する)
【著者名】
Yuko Fujioka1、Takuma Tsuji1、Tetsuya Kotani2、Hiroyuki Kumeta3、Chika Kakuta2、Junko Shimasaki2、Toyoshi Fujimoto4、Hitoshi Nakatogawa2、Nobuo N. Noda1,51北海道大学遺伝子病制御研究所、2東京科学大学総合研究院、3北海道大学大学院先端生命科学研究院、4順天堂大学大学院医学研究科、5公益財団法人微生物化学研究会微生物化学研究所)
【雑誌名】
Nature Structural & Molecular Biology(構造生物学、分子生物学の専門誌)
【DOI】
10.1038/s41594-025-01678-3
【公表日】
2025年9月16日(火)(オンライン公開)

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【用語解説】
*1 オートファゴソーム … オートファジーが誘導されると、細胞質に新たに作り出される二重膜のオルガネラのことであり、オートファジーにおける最も特徴的かつ基本的な構造体である。オートファゴソームで囲まれたものはリソソームへと運ばれて分解される。
*2 Atgたんぱく質 … 酵母で同定されたオートファジーに関与するたんぱく質群の名称で、これまでに40種類以上報告されている。
*3 液−液相分離 … 均一な溶液が複数の液相に分離する現象であり、日常生活でも水と油の分離としてよく観察される。細胞内ではたんぱく質や核酸が液−液相分離することが知られている。
*4 PAS … プレオートファゴソーム構造体の略。酵母において、栄養飢餓になると液胞近傍の1ヵ所にAtgたんぱく質が集まるが、この集まった構造を指す。
*5 液滴 … たんぱく質や核酸が液−液相分離することで形成した液体状の会合体。液滴は膜のないオルガネラとも呼ばれ、細胞内で様々な機能を担っている。
*6 Atg8 … ユビキチンと類似したたんぱく質で、E1、E2、E3酵素の働きで脂質修飾されることでオートファジーに働く。
*7 Atg12-Atg5-Atg16複合体 … Atg8の脂質修飾を担うE3酵素のこと。この複合体自体がE1、E2酵素の働きでAtg12とAtg5が共有結合することで形成される。
*8 Atg9小胞 … ゴルジ体で形成される、膜たんぱく質Atg9を含んだ膜小胞のこと。オートファゴ ソーム新生の最初の膜の種として働くと考えられている。